東京高等裁判所 昭和32年(う)2023号 判決
被告人 菊池千江
〔抄 録〕
弁護人の控訴趣意第一について。
原判決が罪となるべき事実として引用する被告人に対する前示起訴状記載の公訴事実中に、「被告人は、住友生命保険相互会社横浜支社の外務員として、保険契約の勧誘、保険料の集金等の業務に従事していたものであるが、第一昭和三〇年五月末ごろ、自己の勧誘した保険契約者である逗子市桜山二一二六番地清水安五郎から、保険料金二〇〇〇円を受け取り右会社に支払方を頼まれ(この「右会社に支払方を頼まれ」とある部分は原判決においてはこれを引用しない。)業務上保管中、そのころ、同市桜山七二七番地の自宅において、擅に右二〇〇〇円を前記会社に入金せず、自己の生活費等に充てるため着服横領し」との旨の記載が存するのであつて、原判決は、右事実に対し業務上横領の法条を適用しているのであるが、これに対して論旨は、右の保険料二〇〇〇円については、被告人には集金の権限がなく、領収証も所持していなかつたため、これを預かることを拒んだのであるが、前示清水安五郎の妻己が、強いて被告人に対し、これを会社に届けるように依頼して預けたものであつて、業務上これを預かり保管していたものではないから、これを擅に着服横領した所為は、単純横領罪を構成するは格別業務上横領罪は成立しないものというべく、従つて、原判決には、この点につき判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認並びに法令適用の誤がある旨を主張するにより、記録を精査するに、原判決援用の対応証拠によれば、右清水安五郎との間の原判示保険契約における保険料については、その第一回分は勧誘員たる被告人にこれが集金の権限を附与されていたけれども、第二回以後の分は、被告人にはこれが集金の権限がなかつたものであるところ、原判示二〇〇〇円の保険料は、第二回分であつて、被告人には集金の権限がなかつたのであるが、被告人は、右安五郎の妻己から便宜右保険料を前示会社に届けられたい旨懇請されてこれを預かつたに過ぎないものであることが認め得られるのであるから、これを保管中擅にこれを着服した所為は、単純横領罪を構成するものであつて、原審認定の如く業務上横領罪が成立するものではないといわなければならない。してみれば、原判決は、この点につき事実を誤認し、ひいて法令の適用を誤つたものというべく、その誤認並びに誤が判決に影響を及ぼすべきことは、極めて明白であるから、原判決は、この点において破棄を免れない。論旨は理由がある。
(中西 山田 鈴木良)